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時間を耐える

女子大生の忍耐編 ―耐え続けるなかに真実は光る―

















【本編】ビジネスマンの忍耐編 ―耐え続けるなかに真実は光る―










【解決編】主婦の忍耐編 ―耐え続けるなかに真実は光る―



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六波羅蜜多は菩薩になるための方法論であり「この六つの道を究めれば菩薩に到れる」という方法です。

「この六つを常に念頭に置いて実践していきなさい」ということです。

八正道が釈尊が悟りを開く過程、或いは、それを維持する過程で行った個人的修行の部分に中心があるとすると、六波羅蜜多は、思想性よりも実践性のほうを重視した考え方で、教えが普及し、実践活動に携わる人が増えていくことを前提とした思想と言えます。  波羅蜜とは、内在する叡智という意味であり、多とは、その叡智があふれ出てくるさまをいいます。


今年は忍耐の法の年

【羼提波羅蜜多】(せんだいはらみた)

耐え忍びの完成
「心を調えること、心を調和させることがどれほど大事か」という教えです。耐え忍びというのは、抽象的な感じがして分かりにくいかもしれませんが、現代社会には、怒り、恨み、妬み、嫉みなど、他人を害する思いや言葉があふれています。耐え忍びは非常に大事なことなのです。















心の指針

【成功するまで、やり続けよ】
人生に、失敗はつきものだ。失敗の功徳を肯定しすぎてはいけないが、人間の成長にとって、失敗も、貴重な機会ではあるだろう。 失敗を節目として、さらに伸びていけるかどうか。そこに人間の真価があらわれてくる。あまり早々と自分を見限り、ふてくされて、世をすねて生きる者は、それだけの人間だ。結局は、失敗を自分のせいにはしたくない気持ちで、漂流しているのだ。人がなぐさめてくれても、そのなぐさめも一時的なもので終わり、欲求不満は続くだろう。 努力し続けない限り、失敗したことを取り返すことはできない。しかし、努力をし続ける限り、その人は成功の道を歩んでいるといえる。 大切なことは、成功するまで、あきらめずに、やり続けることだ。





【立ち向かう努力、粘る努力】
 私はいつも、努力には二種類あると思ってきた。その一つが、立ち向かう努力だ。力士が土俵で、精神を集中し、相手をにらみつけ、全力でぶつかっていく、あの闘志だ。  まさしく、その一瞬の気迫、形相には、凄まじいものがある。わずか三十秒ぐらいで砕け散っていく力。ものすごい集中力と破壊力。心を鬼にして真剣勝負を生きる姿。これが立ち向かう努力だ。  しかし、その短時間の勝負も、最後の一秒で決着がつく。その最後の一秒を戦い抜く力こそ、常日頃の精進である。  毎日、どれだけ稽古を積み重ねているか。どの程度、健康面で節制につとめているか。精神的な悩みを土俵に持ち込まないために、いかなる心の修行を己に課してきたか。こうした粘る努力、水面下の努力が、勝負の最後の一秒の明暗を分けるのだ。







【自分をごまかすな】
人生を生きていく上で、もっとも大切なことの一つは、自分自身をごまかさない精神だ。 他人には嘘がつける。一時期、世間をだますこともできる。どちらも害があるが、自分自身をごまかすことの方が、もっと大きな毒となる。 勉強でも、仕事でも、自分自身をごまかし始めたら、進歩はピタリと止まる。 いや、それどことか、自分でさえ、自分自身が信じられなくなるのだ。病膏肓に入る、とはこのことだ。自分をごまかす人は、助けようもなく、また実際は、助かりもしないのだ。 正直さと謙虚さ、地道な努力こそ、真の自分自身を創り上げる力なのだ。 自分に対して正直であれ。誠実な勉強や仕事を、レンガを積み上げるように、積み上げてゆけ。







【人間の器】
 人間の器には天性のものがあるだろう。しかし、天性の大器といえども、しかるべき立場においてみないと、その輝きはわからない。しかも、その器ができる前には、必ず修行の期間があるものだ。 幕末、維新の頃の大物について考えてみる。勝海舟は、その胆力と見識で鳴り響いている。胆力は、剣の修行と座禅で練り上げたものだ。見識は、蘭学修行に徹したことや、咸臨丸の艦長としてアメリカへ渡った経験がもとにある。そして時代が、その人となりを選び出してきたのだ。 坂本龍馬も小さい頃は泣き虫だったという。実家の事業経営の才覚、気風を受け継ぎ、剣の修行で名をなしたことが、彼を時代の申し子とした。 西郷隆盛も、島流しで、精神力を練った時代があったのだ。 逆境に耐え、人を恨まず、運命を呪わないことだ。自助努力の精神と、寛容な心が、人間の器を創ってゆくのだ。







【負け犬となるな】
 あなたは、負け犬というのを見たことがあるか。二匹の犬がケンカをすると、かみ合ったあとに勝負がつく。負けた犬は、まるで白旗よろしく、しっぽを股の間にはさんで、耳を垂れ、キャインキャインと逃げていく。 そしてある時、勝ち犬と、路上でバッタリと出会うと、またしても、しっぽを股にはさんで、目を伏せて、助けて、と哀願するように道をよけていく。 なにも勝つことばかりが、人生ではない。闘い続けることのみが、美学でもない。負け犬の中にも、人生の真実があり、知恵もあるだろう。 しかし、負け犬というものは、実際に受けた傷以上に、心の傷が深く、痛みが長引くようだ。肉体的痛み以上の損失に甘んじているのだ。 人生には全勝も全敗もないのだ。必ず何勝何敗かになる。心の中に、負け犬のいれずみを彫るのは、よしたほうがよい。棺桶のふたが閉じられる時に、勝敗を数えても遅くはないのだ。







【強運を信じる】
 自分は運が悪いと嘆いている人のところに、ヒョッコリと運がころがりこんでくることは、めったにないことだ。まれに運が巡ってきても、グズグズして取り逃がしてしまうものだ。まことに、運命の女神には前髪だけあって、後髪がない、というのは至言だ。待ちかまえていて、スッと前髪をつかまえてしまわないと、好運はスルリとすり抜けてしまうものだ。 いつも不幸感覚を抱きしめていると、未来からやってくるものが、すべて、悪魔の使者、悪魔の贈り物に見えるのだ。 自分の過去が、不幸の連続だったと言う人にも、未来は開けまい。いつかしら、不幸を愛し、不幸と自分が一体化しているからだ。 自分は強運だと信じなさい。恵まれたことは素直に喜び、厳しかった現実は、修行の糧だと考えなさい。感謝する心が、必ずや未来を切り開くだろう。






【すべては空しい】
 すべては空しい。この世にあるものは、必ず滅びていく。何一つ、地上にあり続けるものはない。 この肉体も、家族も、学校も、会社も、政府も、ブームになっている主義・主張も、すべてが過ぎ去り、すべてが消え去っていく。 愛しい者とは、悲しみの別れがくる。それは、必ずやってくる。だから、無駄な執着を持ってはならない。苦しみの種を、まき続けてはならない。 この世の生にも、執着を持ち過ぎるな。やがて鈍重な肉体は脱ぎ捨てられ、光の体へと移り変わっていくのだ。 すべては、一時の夢、一陣の風であったのだ。







【束の間の旅】
その日は、誰にも平等にやってくる。死の下の平等。
たとえ人間の寿命が、二百歳や三百歳に延びたとしても、死の恐怖や、苦しみや悲しみは、なくならないであろう。未来社会にも、宗教は存続し続けるであろう。この世がいかにバラ色に輝こうとも、医学がいかに発達しようとも、宗教なくば、死の恐怖を乗り越えることは難しい。そしてまた、いちはやく、死の恐怖を超越した者こそ、英雄となり、覚者ともなるのだ。人生も半ばを過ぎたなら、少しずつ、この世への執着を減らしてゆけ。名誉心をおさえ、利己心を透明なものへと変えてゆけ。財産はあっても、持ってはゆけない。怒り少なくして、穏やかな心となることを尊ぶがよい。あの世から見れば、この世は、束の間の旅にしか過ぎないのだ。







【独りゆく】
何事にも、心とらわれないのは楽しい。何人にも、念で縛られないのは、自由でよい。焦りの心が消えるのは、癒しだ。お金のことを考えなくてよいのは、嬉しい。各人が、自分のことには責任を持つとよい。自分の幸福を、他人の一念に依存するなかれ。ましてや、他人に念でがんじがらめに縛られて、自分が愛されているなどと思うな。愛念で、縛り、縛られるのは、苦しみである。なぜそのことに気づかないのか。独り心静かなるを楽しめ。孤独さえ怖れなければ、鹿の如く、独り山林を歩めるのは、愉しい。







【先入観を白紙に戻せ】
あなたを苦しめているものの正体は、ある種の先入観ではないか。まず最初に、親が、あなたにそう教え込んだのではないか。子供の頃に受けた教えやしつけは、大人になっても、なかなか抜きがたいものだ。まっ白い生地に刷り込まれた観念は、そう簡単に洗い落とすことができないものだ。その先入観によって、他人を裁き、自分の成功、失敗、幸不幸を決めつけてはいないか。ある時代の、ある国の、ある地域の、ある人々によって創られた観念が、世界に通用するわけではない。親以外では、兄や姉、教師によっても人生観は形成られる。自分の先入観を、一度、白紙に戻すがよい。人間、三十五歳を過ぎたら、自分の考えに責任を持て。高度な教えを学び、先入観を白紙に戻して、自分自身が納得する考え方を、もう一度、創りなおすがよい。


















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Author:hsokinawa
はじめまして、幸福の科学 沖縄中部支部ファンのオスプレイと申します。支部行事だけでなく、沖縄で報道されてない真実や、日々の日常などゆる~く書いていければと思います。無宗教の方や他の宗教の方でも、気軽に、楽しく、時にはナンクルナイサ~と、読んで、或は参加した頂ければと思います。

※このブログは公式ではないので、責任は全て私オスプレイにあります

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